魔装機神剧情小说第一話 哀惜?反逆?そして召喚

2007-07-18 11:14 | urufu

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第一話 哀惜?反逆?そして召喚

 蒼穹の空に、紅の三角。
 遙かな高みから、大地へと駆ける。
 ふと、安藤正樹は立ち止まり、天をゆくそれを見送った。
”最後に飛んだのは、いつだったかな?”
 風が吹き抜ける。丘を優しく包む下生えが、穏やかにさざめくのを感じる。
 昔から、風が好きだった。山に吹く風、海を舞う風、都会を駆け抜ける風。全てが、違う香りを、違う世界を感じさせる。風の中には、その土地の全てが含まれている……気象、世情、人々の喜び、悲しみ、不安、希望さえも。それらは直感的な物であり、言葉に変換することは困難だったが、正樹はその風を体に受けることで、世界そのものを感じることが出来た。
 空を見上げる。真っ青とは言い難いが、それなりに透き通った青。駆け抜ける千切れ雲。一昔前までは光化学スモッグなどの公害も心配されたが、工業施設の宇宙への移転、そして環境保全プラントの発達によって、環境は徐々に汚される前の姿に(人工の模倣物ではあるが)再生しようとしている。
 前方には、小さな丘。昨今の都市緑化政策の結果生まれた、人工の自然公園。根本的な矛盾を抱えつつも、人々はここを愛している。結局、一部の頭の固い人間以外は、建前など問題とせず、その結果をこそ必要とする物なのだ。
 振り向き、見下ろすと、そこには広大な都市が広がっている。数百年前より、この州の(地球連邦発足以前には、国家の)首府である、東京市。一千万にも及ぶという人口と、その人々の喜怒哀楽を飲み込んで栄える商業都市。
 その丘は、東京市北西の外れに位置する自然公園だった。数十年前から整備され、現在では市民の憩いの場として解放されている。レジャースポーツも積極的に行われており、休日などは、昼は若者や子供連れ、夜は連れ合いで溢れかえる。
 しかし、平日の昼間となると、ここに姿を現す者は稀である。もっとも、だからこそ、正樹はここにいるわけだったが。
 少なくとも、この時間に、小うるさい若者はいない。いるとすれば幼い子供をあやす母親や、静けさを楽しむ老人くらいの者だ。我ながら年寄りくさい、と自嘲しつつも、正樹はそんなこの公園の静けさが好きだった。
”何より、ここには思い出がある……”
 正樹は見上げる丘に、過去の記憶を重ねた。グライダーを背に、坂を駆け下る自分。暖かく見つめる父、叱咤する母。声援を送る妹。地を蹴る自分。浮き上がる体。風が踊り、そしてグライダーは風になる。
 暖かい思い出。既に過ぎ去り、もう二度と戻らないが、確かにそこにあった記憶……。
”感傷だよ、全く……”
「お兄ちゃん!」
 わき上がる濡れた感情に苦笑する正樹の耳に、小さな少女の声が届く。びくり、と肩を震わせ、とっさに振り返る。
「危ないよ、お兄ちゃん!」
「大丈夫だって! このくらいはさ!」
 そこには、一本の桜の木があった。その根本で幼い少女が、兄であろう少年の木に登るをたしなめている。正樹は呆れるような表情を浮かべると共に、一瞬でも、あるはずのない期待を抱いてしまった自分を自嘲した。
「ほ~ら、大丈夫だったろ? おまえも来いよ、ほら!」
「もう、ママに叱られるよ? ……んしょっ」
 軽々と枝にまたがり、木の上から手を差し伸べる兄に、妹は呆れつつも応え、木の幹に手をかけた。どこか懐かしい光景に、何か暖かい感触が心の端に生まれる。
「おーい、落ちるなよー!」
 突然、声をかけられ、兄妹は困惑した様子で手を止める。その視線が自分に向いている事で、ようやく正樹は自分が無意識のうちに声をかけていたことに気がついた。
「? 何だよ、あんた」
「あ、いや……すまん。気にしないでくれ」
 不審そうに視線を向ける兄妹の前から逃げるように、正樹はその場に背を向けた。
「変な奴……」
”何をしているんだ、俺は……”
 少年の呟きを背中に受けながら、髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、足を進める。が、10数歩も歩いたところで、何とはなしに正樹は再び振り向いた。
 桜の木の兄妹は、正樹のことなど忘れ、再び木登りを続行していた。
 どうしても、次の枝に手の届かない妹に、兄が手を伸ばす。妹がその手を取ると、兄はぐっとその手を引き上げた。
 その光景に、ふと自分の過去の記憶がだぶる。正樹はそれを振り払うかのようにかぶりを振り、再び丘に背を向けた。
「そういや、晩飯買ってなかったな……」
 敢えて言葉に出した。




 帰宅する頃には、既に日は落ちていた。
「ただいま……」
 家に帰り着く度に、もうこの言葉は口にすまいと思う。まるで自分の孤独が強調されるようで。しかし、長年の習慣は、そうそう是正できるものではない。
 行きつけの商店で食料を買い込み、いつものように家の扉を開ける。その時、正樹はつい、いつもの言葉を口にしていた。
 山のようなインスタント食品と総菜の入った袋をテーブルに置き、溜息をつく。いつまで引きずるのだろう? 自分は。
 自らに対する忌々しさを舌打ちとともに吐き出し、正樹は袋の中身を倉庫に移した。ほとんどがインスタント食品か、真空保存の総菜である。
 正樹はその中から米飯とラザニアのパックを取り出し、それぞれ端のピンを引き抜いた。容器に封入された薬品が化合し、食品を加熱してゆく。各食品の表面には熱反応フィルムが張り付けられており、加熱時間に応じて変色するようになっていた。正樹はテーブルにつき、パックが加熱されるのを待った。
「最近、インスタントしか食ってねえな……」
 ラザニア備え付けのスプーンで容器をつんつんとつつきつつ、正樹はぼやいた。確か、数ヶ月前までは自前で料理していたのだが、いつの間にか面倒くさくなって、やめてしまっていた。もっとも実際の所、手間の問題もさることながら、正樹の料理よりはインスタントの方がいくらかは美味だった、と言うことが大きかったのだが。
 数分の後、フィルムの表面が変色し、”たべごろ”と文字が浮き出ると、正樹は米飯とラザニアのパックを開いた。いただきます、と小さく呟き、ラザニアにスプーンを突き立てる。
 その時、玄関のチャイムが来客を告げた。
「何だよ、人がメシ食おうって時に……」
 舌打ちしてテーブルを離れ、玄関に向かう正樹。ドアを開けようとして手を伸ばしたとき、左の手にラザニアを持ったままであることに気がついた。”ま、いいか”正樹はラザニアを後ろ手に、ドアを開いた。
「あの~、安藤正樹さんですね?」
 ドアを開けた先には、中年の、いかにも卑屈そうな男が立っていた。”マズったかな?”内心ドアを開けたことを後悔する正樹をよそに、男は自らを、日本州駐屯の連邦軍の軍縮を求めるグループのものであると名乗った。
 現在の地球上では、各国で反連邦を唱えるテロが横行している。前大戦後の混乱期に、やや強引な手法で、急速に統一されて発足した地球連邦に、意識統一を求めることはどだい無理な話なのだ。特に民族意識の強い地方になればなるほど、テロの絶対数も規模もより大きくなっている。そして、連邦はテロに対してすべからく強硬な姿勢を維持しており、結果として、テロによる被害は日々拡大の一途をたどっていた。
 日本州は、連邦主導8大国に含まれることもあって、過去に於いては大規模なテロは発生することはなかった。あるとしても州総督府に対するデモや座り込みなど消極的なものが中心で、国民全体のテロに対する危機感も非常に低い。だが、それも一昨年、俗に918事件と呼ばれる事件が発生するまでの話だった。
「……と言うことで、昨年9月の918事件。あの惨劇の被害者である安藤さんに、我々の主張を支持する演説を行って欲しいのです。無論、お礼は充分にお支払いいたしますが」
「帰れ」
 男の言葉を遮り、正樹は短く吐き捨てた。男の話を聞くうちに、喉の奥にちりちりとした感触を覚える。まるで、腹の中に炎が宿ったかのように。
 しかし、男は正樹の様子の変化に気づいた様子もなく、ただ食い下がった。
「まあ、そう言わずに。あなたも悔しいでしょう? 無意味な軍備拡張のあおりで、家族を失ってしまって……」
「帰れ」
 正樹の肩が、ぴくりと震える。押し殺した声で、再度呟いた。
「あなたの様な人が立ち上がることが、日和見主義の人々の心を動かすのです。二度とこのような悲劇を繰り返さないためにも……」
 正樹は、自分の言葉を全く意に介さず、しゃべり続ける男の目を見た。卑屈な目。しかし、自分より弱いもの、例えば自分の様な子供には、尊大になれる男の目。そこには言葉にあるような同情の意識は欠片もなく、ただ正樹を利用しようと言う独善的な意識が見受けられるのみだった。
 男の目を見た瞬間、知らず、体が動いていた。
「帰れと、言ってるだろう!!」
 正樹の右腕が、男の胸ぐらを掴み上げると同時に、丁度『左腕に持っていたもの』を、男の顔面に叩きつける。食べ頃までに加熱されたラザニアは、男の長話の間にも冷えることなく、男は高温のラザニアに顔面を灼かれ、悲鳴を上げて転がり回った。それを扉の外に蹴り出して、正樹は扉を堅く閉じ、素早く施錠する。
「馬鹿野郎が……!」
 吐き捨て、正樹は玄関に背を向けた。外で男が何事か叫んでいる様子だったが、無視する。
 食欲は消え失せていた。正樹は台所には戻らず、自らの部屋に向かった。扉をくぐり、ベッドに倒れ込む。頭を伏せ、小さく呟いた。
「畜生……」

 およそ半年前に相当する9月18日。東京市に於いて、反連邦国粋主義者による大規模なテロが行われた。
 彼らは日本州に駐留する連邦軍の退去と軍縮の要求の現れとして、東京市の各所で破壊活動を行った。その手段は伝統通り爆薬などを使用した物のみならず、どこから入手したものか、現在の連邦軍の主力兵器である人型戦闘機PTをも使用していたため、連邦軍も対抗してPT2個小隊を投入。結果として、東京市市街を戦場としたPTの白兵戦が行われることになった。
 東京市市民は全体的にテロに対する危機感が薄く、避難訓練も徹底されていなかったため、市街は混乱を極めた。テロリスト側のPT運用は必ずしも洗練されたものではなかったが、避難する市民のパニックにより連邦側PTの行動が制限され、戦闘は泥沼化しようとしていた。
 その戦闘のさなか、テロリスト側の放ったPT用グレネードランチャーが目標を大きくそれ、避難中の市民の一団へと落下した。丁度付近に於いて戦闘中だった、連邦軍エースパイロットとして知られるギリアム=イェーガー大尉がそれを察知し、自らのPTを盾にしてグレネードの着弾を阻止したが、その際に安定を大きく失ったPTは落下し、運悪くその周辺を避難中だった三人の市民を巻き込んでしまった。
 その市民の名は、安藤敬一郎、安藤佳美、安藤香苗。正樹の父、母、そして妹だった。
 その事件の当日、正樹は信州方面へとハンググライディングに行っていたため、難を逃れることが出来た。しかし、帰宅した彼を迎えたのは、無数のカメラと報道陣、そして家族の死の知らせだった。連邦軍エリートパイロットの不祥事と言うことで、非常に強い話題性を有していたためである。
 その後の一月、正樹には両親を弔う暇も与えられず、マスコミに振り回される毎日が続いた。そしてやがてマスコミが彼のことを忘れると、正樹自身の身の振り方という課題が残された。
 正樹には他に最早身よりはなく、家には彼一人が残された。保護施設や軍が彼の引き取りを申し出たが、正樹はそれらを全て拒絶。そして遺産相続その他の問題は軍の責任で雇われた弁護士に全て一任し、自らはそれまで通ってきた高校を中退、フリーターとして生活し始めた。
 そして、いつしか半年の年月が流れていた。




「最後通告、と言うことか」
「馬鹿馬鹿しい、私は別に、連邦のためにお前を造ったのではない」
「お前の力は、世界の全てのために使用されるべきだ。断じて、連邦の利権争いの道具などではない」
「しかし……始めねばならんか。機は必ずしも熟したとは言えんが……」
「既に、事は始まってしまった。最早、後戻りは出来ん」
「さあ、革命の始まりだ……ヴァルシオン」

 潮風が、吹き抜けてゆく。
 東京湾を望む、小高い丘。旧首都圏から離れ、安らかな風と静けさだけが支配する場所。そこには、幾十にも及ぶ段が刻まれ、無数の白い石塔が並んでいる。石塔の表面には古風な文字でその主の名が彫られ、無個性な卒塔婆の森に、ささやかな個性を与えていた。
 昔、大戦があった。物資が枯渇し、人口は飽和し、大小様々なイデオロギーの対立によるストレスが、限界にまで蓄積されていた時代の終わりに。8つの大国が、地球圏の統一意志決定機関の創造を求め、世界に働きかけたことを発端として。
 大国同士の利権の対立が、統一の夢を絶望的な世界大戦へと変貌させた。爆撃が行われた。虐殺も行われた。毒ガスが撒かれた。小規模ながら、核兵器までもが使用された。
 結果、三十の国家が消滅し、百の都市が不毛の地となり、一万種の生物が絶滅した。人口は戦前の二割にまで減少し、流通網は寸断された。大国はその政治基盤を喪失し、次々と瓦解していった。
 しかし、迅速な破壊に比例するように、再生もまた迅速に行われた。対立するだけの活力を失った人々は、集団を構成することで生き延びようとした。辛うじて生き残っていた通信ネットワークを駆使して情報を交換し、物資を流通させ、人を移動させた。そんな流れの中からやがて、過去に中座した地球圏統一の動きが再興し、そしてそれは程なくして、地球圏統一連邦国家、通称地球連邦の樹立へと発展する。
 東京湾を望む、共同墓地。ここは元々大戦の時代に失われた生命の眠りの場として造られたものだった。それが時とともに拡大し、現在では関東平野全域において代表的な墓所へと成長している。
 E?C(地球歴)0068年3月15日の昼下がり。その共同墓地の一画に、小さな花束を手にした正樹の姿があった。
 正樹の目の前の墓石には、「安藤家一族之墓」と彫られ、その下にこの墓石で眠っているとされる数人の名が刻まれている。正樹はその中でも特に真新しい三つの名の上に指をはわせ、呟くように言葉を吐いた。
「よう、親父、お袋、香苗。来たぜ……」
 そこは、正樹の一族である安藤家に与えられた墓所だった。大戦後に東京市に移住してきた正樹の曾祖父が、州政府から購入したものである。
「あれからもう半年か……俺もよくよくマメに来るよなぁ」
 墓石の前にぽん、と花束を放り出し、正樹は苦笑した。
「俺、早く吹っ切りたいと思ってるんだぜ? なのに何で来ちまうかなぁ……」
 苦笑混じりの溜息とともに、墓石の前にあぐらをかく。
「やっぱ、あれだな。過保護な社会が悪いよなぁ。もう半年も前のことだってのに、未だに同情したり、祭り上げようとしたり、さ」
 からからと笑う。空空と。
 正樹は、延々と墓石に語り続けた。今の仕事の調子。失敗談。そんな話を、身振りを加えつつ、明るい声音を崩さぬまま続ける。話題は次々と移り変わり、やがて先日安藤家を訪れた男の件に至った。
「……で、あんまりしつこいんで顔面にラザニアぶち込んで蹴り出してやったよ。はは……」
 明るいが故に、その内の空虚さの際だつ笑い声。次第に勢いを失い、風の中に溶け消え、沈黙がそれに取って代わる。
 潮を含んだ風が、大地を撫でる。正樹はその中に、自らの話しかける者達の存在を求めるが、風はいっそ冷酷なまでに、彼の希望をうち砕く。存在無し、と。
 結局、自分は彼らを失ったことを認められないのだ。しかし、旅行から帰るなり「お前の家族は死んだ。死体は見せられない」と言われて、そんな事を誰が認めることが出来るだろう?
 幾ら認めようと、吹っ切ろうとしたとしても、この土地に根付いた記憶と、ほんのわずかな希望的観測がそれを許さない。希望を持つのは難しい。だが、持っている希望を捨てることの、どれほど恐ろしいことか。
「……ここにいる限り、俺はこのままなのかもな」
 正樹は天を仰いだ。駆けゆく雲の合間に、小さな光点が幾つか見いだせる。あれは、衛星都市の反射光……。
「そうだな、衛星都市に引っ越すのもいいかもな」
 衛星都市。大戦以後に開発が行われた、いわゆる宇宙コロニーである。地球圏の全人口の約7割が宇宙移民している現在では、コロニーへの移民はそう難しいことではない。
 あそこに行けば、少なくとも思い出はない。誰も俺のことを、知っている奴もいない。俺は生きていくために、過去を吹っ切れるかも知れない。少なくとも、澱んでいるよりずっといい。
「それも、いいかもしれない」
 逃げ出す事への反発もあったが、それにも増して正樹にとって、その思いつきは魅力的に思えた。
 久しぶりに、風の感触が甦ってきたような気がした。




 その瞬間、黒い風が駆け抜けた。
”何だこの嫌な感触は!?”
 その風に触れた瞬間、全身を駆けめぐった悪寒。正樹はとっさに立ち上がり、周囲を見回すが、卒塔婆が連なるばかりで、別段何も以上は見受けられない。”気のせいか……?”釈然としない感を抱きつつもそう結論しようとした直後、正樹の耳朶を轟音と警報が貫いた。
「クソぉっ! 何だ、何が起きた!?」
 突然の衝撃に悲鳴を上げる両耳を、押さえながら叫ぶ正樹の上に、何者かが巨大な影を落とした。訝しみ仰ぎ見ようとするが、視線を向けるより早く、全身を衝撃波に打ち据えられ、倒れる。コンクリート舗装された地面にしたたかに叩きつけられ、正樹の呼吸が一瞬止まった。
「がッ!?」
『市民の皆様、只今当臨海地区に非常警戒警報が発令されました。市民の皆様は、至急速やかに最寄りのシェルター、或いは州政府指定の避難所に避難してください。繰り返します……』
「非常……警戒警報だとォ!? いきなりなんだってんだ、クソッ……」
 激しく咳き込みながら、正樹は呻いた。衝撃で遠のきかけた意識を、頭をふるって引き戻す。そして周囲の様子に視線を巡らせ……絶句した。
「パーソナル?トルーパー!? 何でこんな所に!」
 正樹の眼前には、10数体の巨大な人型機械の姿があった。全高20メートル強にも及ぶ、巨大な鋼の人形。その腕には、恐らく粒子砲だか炸薬砲だろう巨大な銃を握り、何かを囲むように並んでいる。正樹は、先ほど自分を打ちのめしたのがPTの降下の際の衝撃波であったことに思い至った。
 前大戦の後期に出現した、巨大汎用人型戦闘機パーソナル?トルーパー。その高い運動性と汎用性により、現代の戦闘、特に市街戦などの局地戦及び空間戦闘における主力兵器であり、その姿は普段、軍基地や演習、テロ鎮圧などの際に度々目にすることが出来る。正樹も幾度か実際に目にしたことはあったが、こんなに多くのPTが一堂に会しているのを目撃するのはさすがに初めてだった。
”確か……あれは連邦軍63式汎用PT、『ディルムッド』。『ゲシュペンスト』は……いないな。数は……12機。一個中隊じゃないか!”
 正樹は目の前のPTの外装から、機種を特定した。連邦軍正式採用機である『ディルムッド』は、簡略化された装甲板と、格闘専用の胸部機関砲が特徴である。一方『ゲシュペンスト』は、エリート専用高性能機として開発された機体で、曲線的な重装甲が特徴であったが、正樹の目の前にその機影はなかった。正樹は元々は基本的に軍用兵器に関する知識は乏しかったが、ここ半年間に軍と関わることが多かったため、自然と知識が身に付いてしまっていた。
 PTは、基本的に一小隊三機単位で機能する事が多い。機動性を重視した構造であるが故に、大規模編成はその特性を殺す結果になってしまうためだ。そのため、このように四小隊=一個中隊ものPTが、同時に運用されることは、極めて珍しい。特に地上では、視界が明瞭の上に回避方向が限定されるため、対戦車ヘリ等に対して致命的な弱さを露呈する。
 また、正樹の目の前のPTは、装備そのものについても異常だった。粒子砲、炸薬砲、レーザー投射機、ロケットランチャーなど、武装そのものは様々だったが、例外なくそれらのコンセプトは大火力?長射程で統一されている。この類の大型火器は、固定目標に対しては有効であったが、横軸回避能力に優れたPTに対しては、命中精度の面に於いて必ずしも有効な火器とは言い難い。この装備?編成が有効な相手と言えば……。
「相手は怪獣……ってか?」
 引きつり笑いを浮かべつつ、正樹は軽口を叩いた。自分でもあまり面白い冗談とは思えなかったが、まだ自分には冗談を言えるだけの余裕がある、と言うことを確かめる程度の意味はあった。
”とっとと逃げないと……ヤバいな”
 PTが一個中隊も投入されるなど、余程のことがない限りあり得ない。と、すれば、それだけの火力を必要とする戦闘が、ここで行われる可能性が高い。そして、PTの戦闘に巻き込まれでもしたら、まず確実に命がない。正樹の脳裏に、遺体すら確認させてもらえなかった家族のことが駆け抜けた。
 判断したなら、迷うことはない。正樹は墓地の出口へと駆け出した。出口側の駐車場には、自分のバイクが停めてある。正樹はそれを使って一気に、臨海地区から脱出するつもりだった。
”まだ始まるなよ、頼むから!”
 PT中隊は、内海の離島の一つの周囲を取り囲むように移動していた。指揮官機だろう、紫に彩色された機体が何事かをアナウンスしている様子だったが、正樹にそれを確かめている余裕はない。
”あの島、何かあったけか?”
 一瞬だけ、PT中隊の様子を見やった正樹の思考の隅に、そんな疑問が踊り、飲み込まれた。




『ビアン=ゾルダーク! 貴公には連邦反逆の容疑がかかっている! 5分以内に、武装解除し、投降せよ! 我々には施設攻撃の用意がある! 繰り返す……』
 外部音声入力?カット
「ふん、私一人にPT一個中隊か。普通なら、高く評価したものだと言いたいところだが……」
 主?対消滅炉、アイドリング状態から、起動レベルへ
「だが、お前にとって、あの程度のPTなど、相手にもならんだろう。私は、それだけの力をお前に与えた」
 外部センサー起動?地上部ジャミングレベル:L
「リューネの帰還まで待てなかったのは残念だったが……さしたる問題があるわけでもない」
 全コントロールシステム:起動を確認?FCS:グリーン
「さあ、お披露目といこうか、ヴァルシオン」
 起動シークエンス:オールグリーン?ヴァルシオン、起動

「応答無し、か……本気で反乱を起こす気か? ビアン=ゾルダーク……」
 紫のPT……『ディルムッド』のパイロットシートで、連邦軍日本州人型戦闘機隊中尉、高島小五郎は呟いた。
 あまりにも突然の指令。『連邦軍技術大佐ビアン=ゾルダークが、新造兵器を以て反乱を画策。PT一個中隊を以て鎮圧、或いは殲滅せよ』……にわかには信じがたい内容の指令であり、高島は素早くPT中隊を編成し、現地に急行したものの、指令内容に対しては未だに半信半疑のままだった。
”仮にも軍人が、上層部からの指令に疑問を抱くなど、あってはならないことなんだが……”
 それでも彼には、目の前の一見平穏そうな離島の研究所で、反乱が画策されているなどとはとうてい信じられなかった。
”命令である以上、我々は任務を遂行しなければならない”
 まもなく、猶予時間の5分が経過する。そうなれば、高島は指揮下のPTに、研究施設の破壊を命じなくてはならない。”早く投降してくれ……”内心の願いを表に出すこともなく、高島はただ、研究施設を凝視していた。
 そして、タイマーがゼロアワーを刻んだ。
「時間だ……全機、砲撃、開始」
 迷いはあったが、高島は優秀な軍人だった。指揮下のPTに指令を下し、高島は自らもまた制御桿のトリガーを引いた。爆音と鈍い衝撃を伴い、粒子砲が、炸薬弾が、レーザーが放たれる。その軌跡はまっすぐに離島の研究施設に吸い込まれ、そして先ほどに数倍する爆音を轟かせた。黒煙が吹きあがり、地上で荒れ狂っているであろう炎を覆い隠す。
「これだけの火力だ……地下施設も無事ではすむまいが」
 黒煙に覆われて細部の判別のつかない施設を見下ろし、高島は呟いた。今、自分は抵抗もできない人間を灼き殺したのだ……その事実の認識が、高島の胸中に重苦しくわだかまる。
「こんな事を考えるなど……私は軍人失格か」
 高島の独白を、再度の爆発が遮った。
「地下燃料庫にでも引火したか? アラミス3、確認を」
 指揮下の索敵能力強化機に命じると同時に、高島は自らも再度の爆発の起きた地点に視線を凝らした。
 煙の合間に一瞬、赤い何かが見えた。
「炎……? いや違う! 金属反応!」
 それに気づいた瞬間、高島の背筋をびりびりと悪寒が駆けめぐった。反射的にバーニアを全開にし、上空へと機体を跳躍させる。
 その直後、黒煙を切り裂いて、粒子砲の光条が大地を薙ぎ払った!
 突然のことに反応できず、運悪く光条の軌道上に居合わせたPTが3機、機体を寸断されて地に伏した。一瞬の遅滞の後、推進剤に引火したのか、爆発炎上する。
『アラミス2、アラミス3、ダルタニアス2,反応消滅』
「ク……、油断したか! 全機散開! アラミス1は以後ダルタニアス2として、私の指揮下に入れ! 目標の熱量変化に注意せよ!」
『了解!』
「……あれが件の新造兵器か? 今の威力……M-02の要塞砲並じゃないか」
 衝撃は少なくなかったが、高島は無能ではない。即座に編成を立て直しつつ、彼は独白した。M-02とは、衛星軌道上に位置する資源採掘衛星で、現在では連邦宇宙軍の総司令部の置かれる宇宙要塞である。たった今放たれた粒子砲は、その軍事基地に装備された防衛機構に匹敵するであろう威力を有していた。
 粒子砲の発射源に視線を向けると、それは今しも地上に姿を現そうとしていた。紅蓮のPT。巨大な肩と、天を突くように伸びた角。黒煙を押しのけ、ゆっくりと浮上する。
「……あれが、新造兵器。ただのPT……じゃない!! 何だあのサイズは!」
 モニターに映し出される数字に、高島は驚愕の声を放った。
 高島の『ディルムッド』のモニターには『推定全高58メートル』とあった。




「なんだぁ、ありゃ……正気か?」
 地面から半分身を起こした姿勢で、正樹は呆れと驚愕、畏怖と恐怖をまとめて吐き出した。
 ”それ”の放った粒子砲によって、数機のPTが爆発炎上し、その衝撃波で正樹の体は薙ぎ倒された。しかし、”それ”の威容は正樹にそれ以上の衝撃を与えていた。
 まだ連邦のPTは9機残っている様子だが、”それ”の周囲を旋回するばかりで、一向に攻撃しようと言う気配がない。恐らくは、”それ”に対してどう対応したものか困惑しているのだろう。”それ”はそれ程に、従来のPTの概念を根本から覆すものだった。
 黒煙の中から浮上した、”それ”。その全高は50メートルを優に超えていた。一応人型を模しているようではあったが、その脚部は極端に短く、推進器としての機能を重視していることが伺える。頭部の角は天を突くように伸び、その額に相当するであろう場所からは、恐らく、先ほどの粒子砲の発射口がこれであったのだろう、黄金色の獅子が彫り込まれ、その口腔からはうっすらと白煙が立ち上っていた。全身は紅蓮に染められ、その肩部には地球共通語で、『ヴァルシオン』と刻まれている。
 やがて、困惑から立ち直ったのか、連邦軍PTの一部が、恐らく名を『ヴァルシオン』というのであろう、巨大PTへと攻撃を開始した。しかし、『ヴァルシオン』はその身に一瞬で研究施設を消滅させるほどの火力を集中されながらも、全く損害を受ける様子もなく、ゆっくりと浮上を続ける。目を凝らしてみると、『ヴァルシオン』の周囲に赤い膜が淡く展開され、それが粒子砲やレーザーを拡散させていることがわかるのだが、正樹にはそんな余裕はなかった。
「冗談じゃない。俺は怪獣映画のエキストラじゃないんだ。つきあってられるか!」
 正樹は言い放ち、再び戦闘に背を向けて駆け出した。
 しかし、それは既に遅かった。

「ふむ、ハイパービームキャノン、対ビームスクリーン、ともに機能は良好、か」
 モニターの端で弾ける粒子砲の光弾を悠然と眺めつつ、ビアン=ゾルダークは呟いた。
 巨大PT『ヴァルシオン』の操縦席。そこは、通常のPTより遙かに巨大であるが故に、非常に広大な空間……と言っても約4メートル四方の空間であるが……を有している。その中央の座席でビアンは、手元にホログラフで投射されるチェックリストを眺めていた。
「AGWフライトシステム異常なし……基本運用に問題はないな。あとはクロスマッシャーとビッグバンウェーブか」
 ビアンの指がコンソールを踊ると、チェックリスト中の2項目が拡大される。そして彼は酷薄な笑みを浮かべると、
「それでは不運な彼らに、試験につきあってもらうとしよう。クロスマッシャー、威力行使」
 そして、照準を紫の機体、高島の『ディルムッド』に合わせた。
 『ヴァルシオン』の左右の肩が開き、中からエネルギー収束体であろう半球が露出された。封印を解かれた球体は即座にその内にエネルギーを蓄積し始め、それぞれ赤と青の色に発光する。
 エネルギーチャージは僅か数秒で終了し、臨界に達したエネルギーは、
「クロスマッシャー、発射」
 一瞬の遅滞の後に、さながら猟犬の如く放たれた。

「何だ? 妙に弾速が遅いな……」
 『ヴァルシオン』が高島に向けて放った赤と青の光弾。その意外なほど遅い速度に、急速回避しようとした高島は面食らった。
 赤と青の光弾は、ゆっくりと直進しつつ、それぞれの間の距離を徐々に縮めているようだった。このままでは、高島の所まで到達する前に、二つの光弾は融合してしまうことだろう。”いかなる武器か、予想もつかない。油断は出来んな……”内心呟き、高島はその光弾の行方を見据える。
 果たして、光弾は融合しようとしていた。高島よりは、むしろ『ヴァルシオン』に近い位置で、赤と青が混じり合い、溶け合う。そして、ひときわ鮮やかな紫の光芒が瞬いた瞬間。
 ……突如加速した紫の光弾が、高島の視界全てを覆い尽くした!
「しまっ……!」
 油断した。回避できない。高島は、自らを灼き貫くであろう衝撃に、反射的に両目を閉じ、身を縮ませた。衝撃が……高島の『ディルムッド』を激しく揺さぶる。しかし、それは予想したような熱は伴わず、次第に収縮していった。
「……?」
 恐る恐る目を開き、光弾の行方を探る高島。その目が捕らえたのは、彼の機体から大きく逸れた光弾が、共同墓地に着弾する瞬間であった。




 爆風。浮遊感。衝撃。激痛。
 クロスマッシャーの爆風は、共同墓地の石段をえぐり、蒸発させ、吹き散らした。
 クロスマッシャーの着弾地点は、正樹から百メートル以上は離れていた。しかし、爆風は無慈悲にも、周囲にある全てのものを貪欲に飲み込み、荒れ狂う。それは、正樹もまた例外ではなかった。
 正樹は、妙に冷静に、爆風に吹き上げられ、宙を舞う自分を知覚していた。
 人は死に至る瞬間、過去の経験が脳裏を走馬燈のように駆けめぐるという。或いは、映画のスローモーションのように、ゆっくりと自らの死を見届けることになるとも。今がそれなのだろうか?
 正樹の脳裏に、疑問がよぎる。何故、自分はこうも冷静でいられるのだろう? まもなく、死に至ろうというのに。
 爆炎の中心に取り込まれれば、恐らく瞬時に蒸発し、死体も残らないだろう。運良く外周からはじき出されたとして、地面に叩きつけられ、或いは海中に没し、結局挽肉になるのが関の山。どうあっても、死は免れない。
 何故、自分は死ななくてはならないのだろう? これから、新しい道を模索しようと言うときに。こんな、理不尽な形で。
 いや、人の死というものは常に理不尽なのかも知れない。父が、母が、香苗が死んだときのように。何かの犠牲になり、抵抗することも出来ずに死んでゆく。理不尽な思いを抱えたまま。
 ああ、悔しい。悔しさがこみ上げてくる。自分の死、だけではない。父の死。母の死。妹の死。全ての死。理不尽に、無作為に強制される死。死、死、死、死。
 悔しい。悲しい。許せない。死が。生きる意志を踏みにじる死が。自然ならざる死が。許せない。正樹は、全ての魂の力を込め、叫んだ。
「畜生、死んで、たまるかよぉーーーーッ!!」
 その瞬間、風が、吹き抜けた。

「……照準設定が甘かったか。やはり、融合時のエネルギーの発散係数が……?」
 大きく軌道を外れ、見当はずれの場所に爆炎を立ち上らせるクロスマッシャーの弾道。その再計算を開始したビアンは、爆炎の一端に、一瞬だが不可思議なエネルギーの発生を認め、眉をしかめた。
「なん、だ? この数値は。妙だな、あり得ない。測定装置のバグか……?」
 コンソールを叩き、エネルギーの発生原因を試算する。しかし、その反応はいずれも否定。舌打ちし、ビアンはそのデータウインドゥを閉じた。今は、それよりも優先すべき事がある。
 連邦のPTは、クロスマッシャーが外れたことにいい気にでもなったのか、先程までより一層激しい砲撃を、『ヴァルシオン』に加えていた。
「ヴァルシオン、上昇。ビッグバンウェーブの試射に移る」
 ビアンの指令に従い、『ヴァルシオン』の巨体がゆっくりと上昇を再開する。そこに火線を集中する連邦軍PT。弾ける粒子砲の光弾の中、ビアンは穏やかに命じた。
「ビッグバンウェーブ、威力行使」
 瞬間、『ヴァルシオン』の周囲の空間がきしみを上げた。『ヴァルシオン』を中心とした周囲半径一キロメートル程の空間に、膨大なエネルギーが放射される。そのエネルギーの奔流に、連邦軍のPTは耐えきれず、次々と崩壊してゆく。”宇宙爆の波動”と名付けられたエネルギーの爆発は連邦のPTのみならず、周囲の地形や海上までも巻き込み、そして閃光を放つ。
 ……閃光が収まったとき、地上は巨大なクレーターに変貌していた。最早、共同墓地も、研究施設も跡形すら残っていない。
「まさしく……悪魔か。だが、この力は必要だ。必要悪なのだよ」
 ビアンはまるで自らに言い聞かせるかのように呟き、『ヴァルシオン』に更なる上昇を命じた。
 紅蓮の装甲をまとう悪魔『ヴァルシオン』。その名とそれを象徴とする『ディバイン?クルセイダース』が全世界を震え上がらせる、通称『DC戦争』。これこそは、その序章だった。